おやじの独り言

“製本” というしごとについて詳しく解説しましょう。

大学留年中24歳の時、将来のことを少し考えて、
叔父の経営する製本会社に進むことになった。
当時の印刷製本は今とは違い、需要も多く、比較的
儲かる仕事の一つであった。

しかし、いきなり継ぐといっても知識も経験もなかった私は
製本機械メーカーに丁稚奉公にいくことになる。

営業所は現さいたま市にあり、工場は福島県にあった。
営業、工場共に”製本” に関する仕事の勉強をした。大学生だったことも
あり、毎日の出勤ではなかったが、学生なりに厳しい時間を過ごした。

“製本”という仕事

製本とは

読んで字のごとく本を作ることである。
ただし、印刷ではない。
あくまでも印刷されたものをページをつなげたり、
指定された設計書通りに本の形にするのである。

営業形態は
工場を構えて与えられた印刷物を切ったり、折ったり、貼ったり、
綴じたりと用途にあわせて機械を選定して形にするのである。

平成5年に昌利紙工業株式会社に入社した。
多くの部門をもつ総合製本会社であったため、
いろいろな技術が学べた。

会社設立

数年間の実務を経験後、独立することにした。
機械のリース、土地契約の引継ぎをして
約500万円の運転資金を用意して従業員18名を引き連れて
会社設立。

1年間はほぼ家にも帰らず、現場に出て
社員教育に奮闘した。

仕事の流れもようやく落ち着いた3年ほどたった
ある日、元にいた請負会社の社長と少しもめ事になった。

工場を同じくしていたため、
全く自分には非がなかったため、
大事にはならなかったが、私はもといた工場から移転することにした。

移転してからも2年くらいは順調であったが、
お客様から受注は減少傾向にあった。
資金繰りにつまり、いよいよという場面で
得意先であり仲間でもある印刷会社と一緒に
会社をやることとなった。

手形の決済は免れたものの、従業員の給与支払いも
その印刷会社が面倒みてくれた。

救われた感覚はあったものの
長くは続かず、1年余りで従業員を転籍し、一部の機械を譲り渡した。

会社倒産

約1年間の印刷会社での生活を経て、従業員なしで
再度仕事を受注し印刷製本ブローカーとして再開した。

ところが、見かねた叔父から声がかかり、
再び昌利紙工業株式会社に戻ることとなった。

アルバイトの扱いで、仕事を持ってくるという条件で
籍をおいたのだ。
当時、会社にはまともな管理システムがなかったため、
自分の経験の元、管理方法を提案していった。

まだ、存続していた会社の借金の借主、主に金融機関であったが、
催促の厳しさに耐え切れず、会社整理をその時にした。
事業停止 11月4日
破産申請 12月22日
破産確定 3月22日

こんなスケジュールで友人の弁護士と動いたのだ。

言葉では伝えることができないくらい苦しい生活をしていたが、
3月22日を境に開放された。
本来ならこのあたりの話は包み隠すところだが、
自己開示あえて自分のすべてをログにする意味があるという
観点から話をとりあげた。

充電期間

破産してからの5年間は、カードも作れない、
資格取得などの条件に制約があるため、
過去のような社会復帰は難しいと言われていた。

しかし、5年間という期間は短いようでとても長い。
せっかくの時間だから、何か自分に身に着けようと思い、
ネットショップの開設や、マーケティング調査、
プログラミング、各種PCソフトの取り扱いなど、
目先に必要な勉強をした。

こうして今ブログやサイトを開設できるのも
その時の勉強が生きている。

将来の夢も捨てきれず、いつか必ずジャパニーズドリームをつかみ取る
と力んでいたため、特に苦しい勉強とも思わなかった。

もちろんここで文章にできるほど簡単な中身ではないが、
倒産する寸前の思いに比べれば比較できないほど
すがすがしく生きていた。

今でもこの充電期間は続いているが、
そろそろ脱皮するときが来たような気もする。

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これからの製本

多くの思いを抱きながらこれからの製本業についても言及する。
形変われども、仕事の量が減少してもこの製本業はなくならない。
ただし、一度下がった単価の面やスタイルはあまり変わらないと考える。

印刷と比較すると製本作業スタイルは機械化が難しいと言われている。
機械化に向けて大きなチャレンジをしてきた大企業もある。

しかし、やはり完全機械化が難しく一部は機械化できているが、
最終的には人間の力での作業工程である。

私は製本の機械化は将来それほど先でない近いうちにくると思う。
働く人口が減り、外国人労働者に頼り、最低賃金の上昇、
単価の下落など総括的に考えても機械化せざるを得ないように思っている。

営業マンや、管理部門も当然WEB上での入口が広がり、
事務的な作業もIT化されるだろうと思っている。

そして我々が今から準備しなくてはいけないこと、
それは

  • 機械化、IT化に向けてネットアレルギーを治すこと。
  • もう一つは自分たちで機械化する方法を見つけ出すこと。
  • だと思っている。

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    まとめ

    製本業も不景気産業の一つとしてカウントされている業種である。

    本を読まない子供たち、読み書きをしない子供たち、
    と揶揄され「いまどきの子供は・・」と否定されることも多い。

    しかし、私は子供が本を読まないとは思わない。
    活字を使わないとも思ってはいない。

    時代が変わっただけの話で、
    昔、読み書きそろばんをしていた時代から
    いつからか蛍光ペンを使うようになり、
    CDやDVDを見て勉強し、
    今ではスマホやタブレットで勉強し、読み書きし、
    少し大きくなればSNSやブログ、サイトまで
    多くの活字を使って生活している。

    そう、製本業も不景気産業の一つとしてカウントされている業種である。
    ことは必然であり、業態を変えない自分たちが過去の栄光にすがっているだけなのである。

    何もビックリするようなことはない。

    2020年9月6日に東京オリンピックパラリンピックが閉幕します。
    この日を境に日本の経済は急速に冷え込むと予測しています。

    この日が私にとってXデーあり、
    この日を境に完全自動化を作り上げたいと考えています。

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