おやじの独り言

高校は埼玉県川越市にある”城北埼玉高校”へ入学。
入学式前の試験でクラスが決まる。

ビックリしたことは
成績順に選抜クラス、普通クラス、基礎クラスに分けられたことだ。

私は普通クラスにおさまった。

城北埼玉高校でおきたこと

エンジョイ高校生活

高校に入学してから同じような勉強の出来栄えの人間が多く、
男子校ということもあり、すぐに親しい友人が多く作れた。
よく欠席もしたが、欠席しながらも友達とはよく遊んだ。

毎日のように、学校帰りには私服に着替え(ロッカーにしまい込んであった)て、喫茶店でタバコを
吸いながらダベることが日課であり、駅で女子高生に声をかけまくりで、
週末の合コンのセッティングをした。

2年生の時にはほぼ1日おきくらいのペースで新宿のディスコに通い、
終電乗り遅れなんてことも普通であった。

学校ではそれほど顔をあわせない人も外で会えば
城北埼玉というだけで仲良くなれた。

今思えばこの強いなかま意識はもしかすると
愛校心だったのかもしれない。

ハングリー精神

当時は偏差値教育ということもあり、他の学校とよく偏差値で比べられた。
まわりのトップクラスの県立高や慶応、早稲田、立教との付属校ともランキングで比較されていた。

城北埼玉生はほぼ全員が自分の志望した学校にいけなかった
いわゆるすべり止め校であったため、このような比較にはとにかく
敏感であった。

私も全く勉強はしなかったけれども、負けず嫌いな性格もあり
最終的には優秀な大学に行きたかった。

城北埼玉生にはこのような劣等感もあり、
強くハングリー精神が生まれたのだ。

出来の悪さはぴか一

と、そうはいっても全く勉強もしないため、成績は悪く、
おそらく中学校卒業当時と同じような学力しかなかったのである。

という城北埼玉生が多いはずである。
なぜなら1年生の1学期の終了時点で本来の1年生の教科書は終了するのである。
勉強を進めたい学生には最高のカリキュラムであったが、
1歩遅れると全く取返しのつかない学生が大半であった。

みるみる成績上位者とは差が開くため
我々のような劣等不良学生を多く輩出したのも
間違いない。

当然、成績の悪さはぴか一、
埼玉一の悪さであったと思う。

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大学受験

そうこうしているうちに3年の終盤となり、大学受験時期にきていた。
生徒の8割以上が希望校入学を目指して浪人する。
私の偏差値は末端部分にいたのでいくつかの学校を選択し受験した。
3校中2校には合格したものの希望校ではなかったため辞退し
浪人を選択した。

予備校にも試験があり、複雑な気持ちでいた時期でもあった。

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最高の友達

城北埼玉は入学したころから気心もしれて、卒業してからも親しい人間が多い。
もちろん、同じように歳をとり姿かたちは変わってもハートは当時のままである。

仲間意識も強く、違った仕事、職種でも城北埼玉魂を持ち合わせた人間として
今も引き続き人間関係を保っている。

まさに人生最高の伴侶である。

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最後に

城北埼玉生は卒業して何十年たってもビジネスパートナー、ライフパートナーである。
そしてこの城ッ玉魂が消えることはない。

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